著者の中室先生の専門は教育社会学。
社会学というだけあり、きちんとデータをもとに論点を検証しています。
”科学的”に根拠がある、という結論の記述が多いので参考になります。
一方でそこと裏腹に、どうしても測定可能な尺度での検証になります。
「学力」「収入」といったわかりやすく定量的にできるものです。
これらは「子育て」「教育」と考えた場合にはかなり断片的、部分的な要素です。
したがってこの本の内容だけで、
「理想的な子育てがどういうものか」
「理想的な教育がどういものか」
と言う疑問・不安に対する答えが出せるものではありません。
一方で、科学的な事実に基づいて検証された結果が複数明示されています。
・ある種のインプットに対して子供はどのように反応するのか
・子供の学力に影響のある要素、ない要素はなにか
などの情報を掴むことで、子供の反応や大人の行動の結果が推測しやすくなるでしょう。
知っている事実も多くありましたが、
世の中で「常識」とされていることも検証され、
ときにはその「常識」が間違っている、ということもあるのは良い勉強になります。
内容的にも読みやすく、
社会科学のアプローチや基本的な理論についても言及されています。
そのテーマの普遍性からも汎用的な読者に向く本だと感じました。
また、前提にある、筆者の方の考えとして
不思議なもので、教育という分野に関しては、まったくといっていいほどの素人でも自分の意見を述べたがるという現象がしばしばおこる
だから、科学的に検証された事実をもっとつかみ、それを生かしていく必要がある、という主張には深く同意します。
私も以前塾講師のアルバイトをしていた頃に、
誰でも勉強法について、自分なりの持論を持っており、
しかもそれらにかなり自信を持っていることに驚きました。
また、(私の観点からすると)誤った勉強法も多く、生徒のサポートの妨げになった苦い記憶もあります。
ぜひ教育社会学の研究が進み、子育てや教育分野で科学的な知見が多く生かされていくことを願います。
ここからは本の中で面白かった部分をいくつか取り上げていきます。
子供にインセンティブとしてご褒美をあげてはいけないのか
ご褒美をあげて勉強を促進するのは子供にとってマイナスなのでしょうか。
この本紹介されている実証によれば答えはノーです。
いわゆる”にんじんをぶら下げる”ような勉強の促進も子供の学力に対してプラスの影響与えると記載されています。
ただし、やり方さえ間違えなければ、というのが前提です。
注意すべきは「何を促進するか」ということです。
例えばご褒美をあげて勉強を促進したい場合には、
・結果
ではなく
・行動
に対して報酬を設定する必要があるとのことです。
子供が「何をすべきか」を明確に認識できるようにするべき、ということです。
実験結果の考察として紹介されている内容によると、
「100点を取ったらご褒美をあげる」
と言うような場合”何をしたら100点を取れるのか”が子供の中で明確になっていないと、
子供は有効な行動をできないことがあります。
100点を取ることが目的の場合
「100点を取るにはどうすればいいのか」という具体的な行動を大人が設定し、
そこに対してご褒美をあげるほうが良いようです。
本には
とくに、数あるインプットの中でも、本を読むことにご褒美を与えられた子どもたちの学力の上昇は顕著でした。一方で、アウトプットにご褒美を与えられた子どもたちの学力は、意外にも、まったく改善しませんでした。どちらの場合も、子どもたちは同じように喜び、ご褒美を獲得しようとやる気をみせたにもかかわらず。
ご褒美が子どもの「一生懸命勉強するのが楽しい」という気持ちを失わせてはいなかったのです
とも書いてあります。
個人的には、
・子供にはより自主的に行動して欲しい
・別の大人を対象にした実験で、報酬を示されるとそれに対して自発的に参加したと言う意欲が損われることも確認できている
という点から、ご褒美はほどほどにしたいなぁと思いました。
一方で
・もので釣るこのに対して嫌悪感を持つ
・それを行っている人を否定するようなことをという
というのも間違っているというのがここからの学びです。
自分自身を振り返ってみると、
・ご褒美が理由で始めたことが
=>やりだしてみると結果がついてきて楽しくなり、
=>その結果勉強の面白さ自体に気づき
=>自発的な勉強ができるようになった、
という経験もあります。
勉強の面白さに気づくきっかけを与えるために有効な報酬を設定することは自分の子育てにも取り入れられる方法なのではないかと思いました。
幸いなことに今は娘は紙による工作などを楽しく自分からやってくれています。
今はその気持ちを損なうよりも、自主的な取り組みを大事にしながら子供の好奇心を伸ばしていきたいです。
子供を褒めれば褒めるだけ良い?
こちらはどうでしょうか。
子供を褒める育児はよく耳にします。
こちらは。。。
「褒め方を注意する必要がある」と言う結論です。
先程のご褒美の話も近いですが、
ここでは能力を褒めるのではなく、その過程や結果を褒める方が有効であるとのことです。
「能力がある」という褒め方をする事はかえってその後の成績を落とすことになるという検証結果です。
ほめるときには、「あなたはやればできるのよ」ではなく、「今日は1時間も勉強できたんだね」「今月は遅刻や欠席が一度もなかったね」と具体的に子どもが達成した内容を挙げることが重要です。そうすることによって、さらなる努力を引き出し、難しいことでも挑戦しようとする子どもに育つというのがこの研究から得られた知見です。
こちらは以前他の本でも読んで気をつけていたことではあります。
一方、やはり自分の子供というのは親の目から見るととても可愛く優秀で能力の高い子供に見えてしまいます。
ついつい能力もほめてしまいがち(親ばかでしょうか)なので十分に気をつけるようにします。
褒めて子供の自尊心をつけ、成績を上げる、というとよさそうですが
自尊心と学力の関係はあくまで相関関係にすぎず、因果関係は逆である、つまり 学力が高いという「原因」が、自尊心が高いという「結果」をもたらしているのだと結論づけたのです
学生の自尊心を高めるような介入は、学生たちの成績を決してよくすることはないこと を示しています。また、このような介入が、すべての学生に悪影響だったわけではなく、とくにもともと学力の低い学生に大きな負の効果をもたらしたということも明らかになっています。
とのことでした。
自信があるから積極的にチャレンジできて、成長していくのではないかと考えていましたが、
まず最初の自信はしっかりした根拠を元に作ってあげる必要があるのかもしれません。
周囲の環境の影響は大きい
子供たちの周囲の環境の影響度合いはとても大きいということです。
学力の高い友だちの中にいると、自分の学力にもプラスの影響がある
問題児の存在が、学級全体の学力に負の因果効果を与えることを明らかにしました。
クラス内に問題行動をする子供がいる場合は、その子のケアをすることはその子だけでなく、クラス全体にとって有効なようです。
また、海外の事例ですが、
治安など周辺環境があまりよくない地域から引っ越した人はそのまま残った人に比べ、
犯罪に手を染める率などが大きく下がったということでした。
投資対効果が高いのは幼少期の教育
どの教育段階の収益率がもっとも高いのか、と聞かれれば、ほとんどの経済学者が一致した見解を述べるでしょう。 もっとも収益率が高いのは、子どもが小学校に入学する前の就学前教育(幼児教育)です。
一方で今みんながよりお金を使っているのは大学などの後期教育です。
中学→高校→大学とどんどん学費が高くなりますもんね。
塾や予備校に行くとさらにお金がかかりますし。
でも、本当に投資すべきはもっと早い段階の教育、ということでした。
例えばベリー幼稚園という幼稚園の教育は、
年率の社会収益率が7~10%、あるいは13%や17%という推計になっています。
4歳の時に投資した100円が、 65 歳の時に6000円から3万円ほどになって社会に還元されている
これは非常に大きな成果です。
今は幼児教育の無償かなどが議論されていますが、
このような段階での政府の補助は社会に還元される率が非常に高くなるはずです。
形として無償化がよいのかどうかはおいておいて、
積極的な幼児期の教育への投資を行ってほしいです。
最初の投資が将来大きな差につながるんですね。
なお、この本では少人数教育のような日本の政策の有効性が検証されています。
結論から言うと少人数教育は意味がないわけではない、直かけている費用と効果を考えると投資対効果の観点では
あまりお勧めできない政策であると言うことでした。
印象だけではなく、きちんと検証しながらより良い支出がされることを期待します。
教師の影響は大きい
もともとの学力の水準が同程度の子どもたちに対して、能力の高い教員が教えた場合、子どもたちは1年で1・5学年分の内容を習得できたのに対して、能力の低い教員が教えた場合は、0・5学年分しか習得できませんでし た。1年間で実に丸1年間分もの習得の差が生じたことになります。
ということです。
教員の指導力の差は子供の成長、能力向上に大きな影響を与えます。
この本には学力には遺伝要素もある(中学3年生時点で遺伝の影響は35%)と記載されていますが、
教員の差はそれよりも大きな違いを生み出しています。
米国ではこのような教師の質については広く公開されているようです。
日本では教師の質のような部分はかなり曖昧な扱いになっている印象です。
個々ばかりが取り上げられて過度なプレッシャーが教師にかかるのもよくないですが、
一方で教師の成果として定量的で根拠のあるものが使われると、
評価もしやすいですし、教師側も何を改善すべきかが明確になるので良いと思いました。
日本の教育統計は情報不足
教師の質もそうですが、とにかく日本の教育関連データは少なく、研究が難しいそうです。
データが公開されればより研究が進み、
結果的には各種の投資や教育の質が上がるはずです。
もっとオープンになることを期待します。
南アフリカはデータをオープンにすることで、世界の優秀な社会学者が勝手に研究をしてくれる、
というメリットを享受したそうです。
オープンにした場合のメリット・デメリットなどあればこの事例から学べるはずなので、
検証の上でもっと情報を出してもらえれば研究も進むはず、
今後に期待です。